2014年12月26日

老子 第十四章

老子 第十四章
老子 第十四章。

タオ(道)とは五感で確かめられるものではない。

タオが目に見えたり、触れられるものだったらみんなが納得するかもね。
人は目に見えないものを捕らえるには信仰のように信じるしかないと思っている。
しかし信じようが信じまいがそこに実在するものはどうしたらよい。
信じるだけなら実在しないものでも十分だ。

タオとは我々の中に生きている道だ。
それは誰にでもある道。
我々は一度きりの人生の道を歩んでいる。

我々は普段五感で認識できないものは忘れがちだ。
怪我や病気、苦難のときに追い込まれてやっと見つける程度だ。

それに五感で捕らえるものは移ろいやすい。
美味しそうな料理も明日には腐っている。
きれいな花もしおれ、人も年老いてゆく。
はたしてそれを本物の実在と呼べるであろうか?

タオ(道)とは五感で確かめられるものではない。
姿知れぬおぼろであり実在
無であり無限である。




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