2017年07月12日

自分をイキルとは?再び(笑)

自分をイキルとは?再び(笑)
さて今月は
「自分をイキル」ことをテーマに
話を進めています。

昨日まで
いろいろ書いてきましたが
この世界では
結局
自分を生きていない人ばかりが
得をしているのではないか?

たぶんその通りかもしれない(笑)

だったら、
早く自分なんて捨てちゃって
いかに素敵な他人をうまく生きるか?
という記事を書いた方が
いいのかもしれないとか?

実際、
世に出ている
成功哲学は
集約すると
そっち方向で
そのような話がほとんどだからね。
(ちゃんと気付いて読んでね)

さてさて
困ったものです

別に困っていませんが(笑)

どっちやねん(笑)

要するに

世間の価値観(善悪)と
(この説明のために
エナジー世界にも
価値観があると
仮定すると)
エナジー世界の善悪が
反転しています。

もっと簡単な書き方をすると

例えば

悪人が罪を犯しましたが
力や金を持っていて
裁判で無罪にしたとしましょう

すると
我々は
その彼の力に対して
ひれ伏すわけです。

裁判で無罪ですから
彼の力に対して
ヒーロー扱いする人も大勢います。
悪のヒーローですが(笑)

すると、
今度は
その悪人が
自分に対して
裁判を起こした原告(被害者)を
訴え返して叩きのめします。
見せしめですね。

元被害者は
なんと加害者に成り
偽ですが悪人とされます。
世間も敗者へ
石を投げることで
本物の悪への忠誠を誓うわけです。

これが世間の物語です。

要するに
悪に忠誠を誓ったものだけが
この世で成功と失敗の
ジェットコースターに乗る
権利を得るということです。

さて、それでは
世間と反転する
根源(エナジー世界)では
どうでしょうか?

エナジー世界では
悪魔に
忠誠を誓わないような
誠実な人が当たり前というか

だから
本当に誠実な人にとって
世間(善悪)の評価は関係ありません。

ここは、宗教で教えるような
天国と地獄の絵図とは
かなり質感が違うのです。

しかし、
「自分をイキル」こととは
この質感なので
今後も話を深めれるなら
書いても許されるなら
書いてみようと思います。

今日はあえて
中途半端なところ
(何が中途半端なのかもわからなくらい(笑))
で終わります(笑)


空白・・・・・なむなむ?













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