2014年05月29日

「キリスト・ブッダそして」 守護霊からのメッセージ75


世間の人々は、本物のキリストやブッダには感情的に石を投げる。


それは普通、屈辱されたと直感するからだ
キリストやブッダに逢わなけりゃ自分が立派な人間だと勘違いしたまま死んでいけたのに。

例えば人は、悪にも立派な言い分があり一歩も引かない
二者が対立する場合あるのは、それぞれの正義、一方的な正義と逆なる相手は、悪と決めつける。

「どうして彼ら(キリストやブッダ)は真実(真理)を見せて我々を苦しめるのだ」
そこには正義も悪も無かった
無智な人間がたたずんでいただけなのだと。

かれらは、貴方達の意識にただ光を当て続けるだけだ。
最初はまぶしくて何も見えないかもしれない
でもそれは闇ではない。
時として強い光と闇は同じように恐れられるかもしれない。